Death Fragments – Büchner, 23 years old

死の断片/ゲオルグ・ビュヒナー 23歳の場合

by
Edwin van der Heide エドウイン・ヴァン・デア・ハイデ

古舘徹夫

 

Death Fragments - Buchner, 23 years old「死の断片-ビュヒナー23歳の場合」は、ドイツ、NRW州のファンドの助成を受け2011年ビューレフェルトの小さな劇場で上演された、ゲオルグ・ビュヒナーが短い生涯に残したテキスト、レンツ、ダントンの死、ヴィツェエク等にビュヒナーの死を看取ったキャロラインの日記を付加して再構成した作品です。
理解しにくい構成かと危惧したのですが、以外にも現地ドイツではビュヒナーの認知は高校の教科書に取り上げられているほど高く、思いのほか観客の理解を得ることができました。
三基のRGBレーザーを使い、また映像記録では伝わりませんが、観客席を仮設イントレで持ち上げ、下に16個、また上方に8個のスピーカーをセッティングすることによって(そして、エドウインは8個ヴァイブレーターを観客席に設置しました。)、それらによって、どうやったら、役者の演技から現実を剥奪して、再—現実に持ち込むのかを錯誤し続け、たとえばどうやって舞台で役者を溺死させるのか?等を考え続け、何とか、終演した今、かろうじて、その転換に若干でも成功することができたような気がしています。

出演

レンツ/ビュヒーナー/ヴォイツエック:Markus Fisher

オーベルリン:Hanno Dinger

少女(屍体):岩田みほ

カロリーネ:Charlotte Ullrich

シェーライン/大佐:Stefan Imholz

マリー:Sigrid Maria Schnückel

ナレーター:レーフ・イルグレン

オブジェクト:マーカス・カースティン


Part 1 1楽章として
(夜の沈黙とささやきによる会話)

レンツとオーベルリンが席に向かい合わせて座っている。

ほとんどレンツの独白のように会話は続いている。

レンツ

私は、オーベルリン、あなたの声を聴きたかった。
私はあなたに尋ねたいことことが多々あります。
そして、私をあなたに話せるようにさせてください。

オーベルリン
レンツ君、何を私に望んでいるのか?私には理解できない。
私はひとりの牧師です。
神の声を聞こうとしながら、まだ何も聞くことができていないと考えます。
そのような私があなたの声を聴き取ることなど、

レンツ

私は、あなたが想像される以上に様々なものを見てきました。

 

私は私の中に、そして私を取り巻くあらゆる風景と事象が、私に内在しているに違いないことに私は気づきはじめています。

たとえば、あるときには、私は中空に空いた大きな穴を見ることができます。
それは、突如にして空くのですよ!
その、中空に黒々とする闇をあなたは想像することができますか?

そして、そのときに同時に私は地下から響く声を聴くことができる!
世界の地下には大きな力を持つ者がいて、彼らはいつも、いまもこの足下で元気にうごめいているのです。
そして、私には....

でも、このような異変を感知できるのは私の特権です。
このような、特権のお話をしても、あなたに理解できるのかどうか?
しかし、それでも私はあなたの理解を得たいのです。
この欲求はあなたには範疇を越えてしまっていることはわかっています。

しかし、私は、存在するのですか?
私はあなたにどの様にしたら私があなたに解釈されることができるのか?
これが、私の恐怖なのです。
私にとって、
私は、恐らくこのことの恐怖に手足を縛られ捕われているのです。
そして、この恐怖は私を死に導くのに決まっているのです。

オーベルリン
あなたは、今、とっても冷静に私にあなた自身について話されている。
その理性をもってすれば、あなたが、その恐怖のとりこになってしまうとは、私にはとても思えないのだが?

レンツ
いえ、オーベルリン。それはまったく、あなたの誤解です。
私は常になにもないところにいます。
足下もない。空もない。どっちつかずの、中空に。

でも、それでも私にはわかるのです。地下のうごめきが、
上空の非力さが!

オーベルリン!あなたには救いがこの私に、いえ、あなたさえも、中空に浮遊している者たちに、さしのべられる可能性があると考えているのですか?もしくはその望みを持て!ということができるのですか?

オーベルリン
神は必ず救いの手を差し伸べてくださいます。

いえ、あなたは、もう少し正直に私にお話をしなければいけないのかもしれませんね。
あなたは、神学も学ばれている方なのですから。

レンツ
はい、私は Kaliningrad で神学を学びました。
私はそこで、神を理解できると思っていたのです。
「神を理解できる」それは、今、思いだしてみるとまったく無謀なことだったのかもしれません。
私は、そこでひとりの男に会ってしまったのです。
エマニュエル・カントImmanuel Kantという人物です。彼は人間の認識が神のように世界を形作ると言うのです。
決して、声高にではありませんが、彼は世界を支える重力を信じていながら、神の力を世界からそごうとしていました。

オーベルリン
神は私たちが信じる力によって私たちをお救いくださいます。

レンツ
しかし、彼はそのように私に接してくれませんでした。
私は、彼の言う重力を理解できたのに。
今でも、感じる空間に満ちている力を理解することができたのに、彼はただ私にルソー読むことを進めてくれただけです。
文学なんて、あなたはゲーテをご存知ですか?あの熊のような、野心と好色に包まれた、偽善家を。猿のような愚行を繰り返して..

オーベルリン
人を中傷するのはいけません。

レンツ
いえ、お許しください。
彼が私を愚弄したのです….いえ、そんなことよりも….

 

オーベルリン
君は何をのぞんでいるのだ?

レンツ
憩いかもしれません。

オーベルリン
憩いは神の中にこそ見出せるものだよ。

レンツ
虚無のなかにです。

虚無よりも穏やかなものの中に浸ってみると、最高の憩いが神だったとしても、虚無がその神なのではないですか?

でも、この私は無心論者です。何ものからか虚無が生じることなどあり得ないと思うのです。しかし、もし、私がその何ものかなのですから、それはまさに悲劇です。
創造されるものがこんなにそこらじゅうに場所をとっているので、空虚なんて存在していないんです。

何もかもが氾濫している。
虚無は自殺してしまった。

創造なんて虚無が残した残骸にすぎないのです。

僕は、そこから落ちた血痕にすぎないのです。

世界は墓場。腐敗だけが進行している。

あなたには、気違いじみて聞こえるかもしれませんが、何らかの真実があるのです。

世界は永遠のユダヤ人で、虚無は死です。しかし、死というのは難しい。

僕らはみんな、王様のように、三重四重の棺桶のなかに葬られて生き埋めにされるのです。
大空のもとで、僕らの家や、上衣やシャツのなかに閉じ込められて、人生50年、棺桶の蓋を引っ掻き通しです。

そうですとも、破滅を信じられる人なんているのだろうか?

もしいたら、彼こそ救われた人間だ。

死には何の希望もない。死は単なる腐敗にすぎない。
生きていることはもっと複雑です。

複合化された腐敗だ。これらが生と死の違いの全てです。
でも、ぼくは複雑な腐敗の方に慣れてしまっています。

もう片方の、単純な腐敗のほうとうまくやっていけるのかどうか?

 

恐らく死は、冷酷な物理的な力で、ゆっくりとシステマチックにからだの各部をねじ切り、すりつぶしていくようだ。

こんなにメカニックな死は耐えがたいのです。

オーベルリン
おやめなさい。少し冷静に。あなたが無神論者などと….

レンツ
いえ、それから、ぼくはただひとりで横たわり、しだいに冷たく、硬直し、じめじめとした湿気のなかで腐敗してゆく。
おそらく、死は、神経繊維にさわりながら、生命をなぶりごろしにしてゆくのだろう。
おそらく、腐敗して消えていくときも僕たちの意識は継続しているのだ!。

 

もし、僕に別の死に方ができればいいのですが。
何の苦もなく、星が落ちるように、音がひとりで消え、自分の唇を自分の身に押しつけて窒息していくかのように、

澄み切った満ち潮のなかに差した光線がそのなかに埋まって消えてしまうように、苦もなく死んでみたい。

いや、先生。僕の手をつかまえてください!

オーベルリン
震えているじゃないか?大丈夫か?

レンツ
これが先生の手。これが僕の---そうか、これはまだ僕の手ですね。
今、あなたに星の話をしている最中。
天井が消えて月が落ち込んできたのです。
すぐそこまで、ぼくはこの腕で月をつかんだ!
光をちりばめた天空がだんだん下りてきた。
ぼくは空にぶつかってしまった。手で星に触れ、まるで氷の張っている池のなかに落ちて溺死する寸前だったのです。先生!

オーベルリン
君はランプの小さな光をみていたのにすぎないのだよ。
だいぶ、つかれたのだろう?ベッドに入ったらどうかな。

レンツ
はい。私の小さな理性を失わせようとしたらたわいもないことなのです。
先生。ぼくは狂気に捉えられている。

 

オーベルリン
もう休んだ方がいいようだ。明かりを消します。
明日はまた皆があなたの助けを待っていますよ。
神のご加護狩りますように。今夜はゆっくりと。

暗闇。

先生、あなたは感じますか?生命の本質が全ての存在形式に宿っていて、鉱物や金属や、水や植物も魂をもち、それらの自然全ての存在がはかりしれない調和と音色や至福を宿していることを。
それらが、私のように高次元の感性をもつ者に、共鳴を求め、つかみかかってくるのです。

そうして……

アンドレア(声のみ)

撃つのは自由!おれも狩人になって、いってみたいな。このみごとな狩場よ、

ヴォイツェック
おい、ここは呪われているぞ!
見えるか?光った筋が、あの草原の上の方。
ほれイチゴが生えているところに?

 

毎晩、生首がころがっているんだ!
持ち上げているやつがいる。
ハリネズミと間違えたな。
三日三晩たったら、そいつは棺桶に入ってしまった

きっと、これはフリーメーソンのしわざだ!
(足で地面を蹴る)
ほら、虚無だ!

下は洞穴だ! 揺れるぞ!
聞こえるか?下で何かがいっしょに動いているぞ!

ほら、あそこに! あそこにも! そっちにもいるぞ!
ヴォイツェックが客席を指差すとそこの下から音がおこる)

 

妙に静かになった。
蒸し暑い!

何だか、息が詰まる。

火の海!火の海が地から昇り、天までもえる。

 

静かだ、何もかも、世界が死んでしまったようだ。


Part 2

 

レンツ
古い袋が欲しいのですが。

オーベルリン
何に使うのですか?

レンツ(小声で)
贖罪です。

オーベルリン
わかりました。

オーベルリンはレンツに麻袋をあたえる。レンツはそれを身にまとう。

—————

ナレーション(レーフ/英語)
彼は死んだ少女の遺体のある家に入っていった。
家族の人々無関心に家事にいそしんでいた。
彼が教えてもらった部屋に入ってみると、少女は肌着だけで木の机の上に敷いた藁に横たえられていた。

レンツは死んだ少女のもとに現れる。
彼は死体の脇にたち、彼女の手足に触れる。

ナレーション(レーフ/英語)
彼は半ば開いた少女のガラスのような眼を見た。

レンツは死体の上に身を伏せる。

レンツ(叫ぶ)
神よ、この子に霊験を与え、命をよみがえらせたまえ!

 

起きて歩け!
歩け!

よみがえれ!

立ち上がれ!

神よ、そこにおられるのならば、この少女に命を。もう一度、私はこの娘の声が聴きたいのです。

レンツは幾度も叫び、吠える。

ナレーション(レーフ)
雲がもの凄い勢いで、月をかすめていった。
全てが暗闇のなかに閉ざされてしまったかと思うと、月光を浴びて霧に包まれたおぼろげな夜景が浮き上がった。彼はひたすら走り回った。彼の胸のなかでは地獄が凱歌をあげていた。
風は巨人族の歌さながらに鳴り響いた。彼には天に向かって巨大な拳を突き出して神を引きずり出し、雲のなかを引きずり回してやれそうな気がしてきた。
世界を歯で噛み砕いて、創造主の顔に吐きつけてやれそうな気がした。
彼は神を呪い、神を冒涜した。
そんなふうにして彼は山の頂上に来ていた。おぼろげな光がひろがって、白い石塊の堆積している下の方に伸びていた。
そして、空は愚かしい青い眼のようで、そのなかに浮かぶ月はまったく滑稽で単純に見えた。
レンツは思わずからからと笑いだしてしまった。
その笑いとともに無神論が彼の内部に入り込み、彼を確実に静かにしっかり捕らえてしまった。
彼にはもう、さっきまであんなに彼を動かしていたものがなんだったのかわからなくなってきていた。
凍えを感じ、もう寝ようと思った。
そして、冷静にたじろぎもせず、不気味な暗闇のなかをあるていった。

 

サウンドが静まる。

ナレーション(レーフ)
翌日になると彼ははげしい恐怖に襲われた。
自分は深淵の淵にたって、何度でもそのなかを覗き込み、この苦しみを繰り返したいという狂気の願望に駆り立てられている。
そこから不安が高まってきた。
精霊に対しておかした罪は消えないと。

レンツ
よろしいですか?

あの人は死んだのです。
まだ生きているでしょうか?
僕の天使。あの人は僕を愛していた。
僕もあの人を愛していました。
それにふさわしい人でした。
ああ、天使よ、なんて呪わしい嫉妬だ。ぼくはあの人を犠牲にしてしまった。
あの人は別の人を愛していた。あの人はそれにふさわしかった。
ああ、優しいお母さん。あなたも僕を愛してくれた。
僕が皆を殺したのです。

オーベルリン
おそらくそういう人たちは皆生きていますよ。
それも、満足してね。
どういうことになろうと、神はあなたが悔い改めて帰依すれば、あなたの祈りや流した涙に対して、こういう人たちに必ずたっぷりと恵みをお授けになるでしょうから、その人たちはあなたから受ける利益の方が、あなたかのおかげで加えられる損害よりもきっと勝っていると思いますよ。

————
レンツはベッドに横たわっている。

オーベルリンがベッド脇に座っている。

レンツ
ねえ、牧師さん。あの声を聞かないでいられたら僕は助かるのですが。

オーベルリン
いったい何の声です。

レンツ
なにも聞こえませんか?
あのすさまじい声。
ふつうの人々が静寂と言っている声が、地平線全体にわたって叫び声をあげているのが聞こえませんか?
この静かな谷に暮らすようになってから、ぼくにはいつもそれが聞こえるのです。
それが、僕を眠らせてくれません。
そうなんです、先生、ぼくがまた眠れるようになれるといいのですが。

オーベルリンはレンツの布団を直そうとする。

レンツ
何もかもが重くてたまらないのです。布団をどかしていただけますか?
立ち上がることなどできそうにありません。
空気が重いのです。

 

Part 3 第三楽章 沈黙から深淵へ

ビュヒーナーの死から殺人へ

明るい白い部屋

ベッドにビュヒーナーが横たわっている。
荒い呼吸音と咳が覚醒される。
自然音(鳥の声等)と乱れた呼吸音が続く

次第に調理の音が聞こえてくる。
足音が近づく。
ドアを開ける音。

 

 

カロリーネがスープとお茶を持って入ってくる。
カロリーネ
ビュヒーナーさん、ビュヒーナーさん、
起きてください。
今朝はいい天気ですよ。
スープとお茶をお持ちしました。

ビュヒーナーは動かない。
次第に呼吸音が荒れてはとまる。

カロリーネは気にせずに、トレイを置いて、反射鏡の近くに座る。

カロリーネ
ビュヒーナーさん。喜んでください。あなたのミンナが今日、ストラスブールから着くそうですよ。シュミット牧師夫人がそのような手紙を受け取ったと先ほどいらっしゃいました。

 

今日はなんていい天気なのでしょう。ミンナさんも車窓の景色を楽しめますわ。

ビュヒーナー、呼吸が止まり、窒息しかけながら手をのばす。

 

カロリーネ(ようやくビュヒーナーの変化に気づき、駆け寄る。)

カロリーネ
どうかしました!

ああっ!
息が詰まってしまっていたのですね。
ごめんなさい!気がつかなかった!

カロリーネはビュヒーナーの口のなかをガーゼで拭う。

カロリーネ
ビュヒーナーさん
スープはいかがですか?

ビュヒーナーは、何も語らずに再び横になる。

カロリーネは元の椅子に戻る。
少し涙ぐみながら、

すみません。父のことを思いだしてしまいました。

でも、あなたのミンナさんはもうすぐにここにいらっしゃいます。
もう少しの辛抱ですよ。
あと少しでドアをノックする音がここまで聞こえてくるはずです。

 

(間)自然音のみ。

力強いノックの音。

カロリーネ
ほら、きっとミンナさんですよ。

にげだすように駆け下りていく。

階段を上がってくる足音。
シェーライン医師の低い声とカロリーネの泣き声が近寄ってくる。

ドアが開く音。

 

カーテンの裏で
シェーライン
こんにちはフリードリッヒ夫人(スイス訛り)

カロリーネ
お待ちしていました。ドクター・シェーライン。
こちらです。

 

シェーライン
なんて臭いんだ!この患者は!

カロリーネ(少し涙ぐみながら、ハンカチ)
でも彼は夕べはとってもお話しされて、ご家族のこととか、ご自分がいままで何をなさってきたのかとか…

シェーライン
いいから、そこにある壷は彼の便だね。見せなさい。

(カロリーネはつぼを持ってきてシェーラインに見せる。)

シェーライン
何だこれは!血も何もかも混じっている。これは腐敗熱(ペスト)だ。
非常に危険な状態だ。
あなたもこの部屋に長く留まってはいけない!

ドクター・ツエンダーが処方した薬を見せなさい。
(カロリーネ、薬を持ってくる。)

シェーライン
うむ、これは正しい。
彼の名前はなんといったかね?

カロリーネ
ゲオルグ・ビュヒナーさんです。

シェーライン
フリードリッヒ氏とあなたと同じドイツからの脱走者か?
労働者の味方という訳だ。

彼は何歳だ?

カロリーネ
23歳だと聞いています。

シェーライン、ビュヒナーに歩み寄る。
頭を持ち上げて。

見たまえ、この顔色を。
ほとんど屍体だ。

彼は数日生きていられないだろう。

カロリーネ
そんな!かわいそうな!
もうすぐ、彼の婚約者のヴェルヘルミーネさんもここに到着するというのに。

 

シェーラインはビュヒーナーの脈を取る。

 

シェーライン/大佐
ヴォイツック、脈だ、小刻みで激しい、跳ねるようで不規則だ。

ビュヒーナー/ヴォイツック(かっと眼を見開いて。)
大尉殿、この世は灼熱地獄だといいますが、自分は氷のように冷たいんであります!地獄は冷たいのであります。絶対にそうです。

(自嘲して)
そんなわけはない。畜生! 畜生!
そんなわけがあるもんか。

 

シェーライン
顔面筋肉硬直、緊張、時々不整脈、態度は硬直、緊張。

カロリーネ
ビュヒーナーさんのミンナがもう少しでいらっしゃるのです。それまででも。

ビュヒーナー/ヴォイツック
僕らの苦しみはそんなにたくさんあるわけじゃない。ほんの少しさ。苦しみを通りこせば、神に近づけるのだから。

僕らは死だ、ちりだよ。灰だよ。どうやって訴えられるんだ?

シェーライン/大佐
俺は、永遠ていうことを考えると、まったくこの世が恐ろしくなってくる。仕事の手を休めるなヴォイツック、仕事だ!
永遠、それは永遠だ、とお前は思っているんだろう。ところがそれは永遠じゃないんだな、一瞬なんだよ。そうだよ一瞬だぞ、ヴォイツエック、俺は地球がたった一日で一回転するということを考えるとぞっとしてくる。
なんという時間の浪費だ。
こんなことでは、どういう結果になる?ヴォイツエック、俺はもう水車が回るのを見ていられなくなった。
見ていると憂鬱な気分になってくるんだ。

 

 

ヴォイツエック(ビュヒーナー)
マリー! マリー!

 

マリー
フランツ! フランツ!ちょっと待ってよ。そんなに先にいかないで!

ヴォイツエック
俺はここにいるよ。マリー。

マリー
あそこを抜けていくと町にでるわ。でもなんて暗いの。

ヴォイツエック
お前はまだここにいるんだ。まあ、座れよ。

マリー
でも帰らなきゃ。

ヴォイツエック
何も、足を擦りむくほど歩かなくてもいいんだぜ。

マリー
変なことをいうひと?

ヴォイツエック
お前と知り合ってもうどれくらいになる?

マリー
次の精霊降臨節で二年になるわ。

ヴォイツエック
これからさきどれくらい続くのか、分かっているのか?

マリー
(立ち上がって)
もういかなくちゃ、夕ご飯の支度をしなくちゃ。

ヴォイツエック
(マリーの手を取って)
寒いのかマリー?でもおまえの手は温かいな。
なんてほてった唇をしているんだ!
熱い、熱い、娼婦の息だな。
しかし、おれは天国にいけなくなってもいいから、お前にもう一度キスをしてみたい。
寒いのか?
冷たくなったら、もう寒くないわけだ。
夜通し夜霧に濡れたって、お前はもう寒がりはしないよ。
(マリーは再び座る。)

 

マリー
何のことよ。

ヴォイツエック
なんでもない。(間)

マリー
なんて、赤い月なの!

ヴォイツエック
まるで、血まみれの刃物みたいだ。

マリー
何をする気?
あなた、真っ青よ!
(彼はナイフを抜く)
フランツ!
やめて! 後生だから、助けて、助けて!
ヴォイツエック
(マリーを刺す)

 


これでもか!これでもか!まだ死なないのか?
これでどうだ!これで!
まだ痙攣している。まだか!まだなのか?
どうだ、死んだか?
死んだ、死んだな。